1700年代のグラスです。
近現代のガラス史のおいて最もグラヴィール彫刻が優れていた時代であり、そしてその中心地であったシレジア(もしくは北ボヘミア)のグラスです。シレジアは現在のポーランドからチェコにかけての地域で、当時は神聖ローマ帝国に属し、ボヘミアと同じくハプスブルグ家の支配下にありました。ボヘミアとシレジアの間にはクルコノシェ山脈があり、ここではガラスの原料に使われる珪石が取れ、さらに高地の森林からはソーダ灰の代わりとなる木灰を使用したガラスが製造されました。そしてこの周辺ではガラス産業が発達し、イェレニャ・グラ(ヒルシュベルク)を中心にグラヴィール技術が非常に発達しました。ガラス自体はボヘミアから輸入されることが多く、シレジアで装飾が施されました。非常に繊細で力強いグラヴィールはガラス史に名を遺す技術力でした。しかし、マリア・テレジアのハプスブルグ家継承に伴いプロイセンとこの地域の支配をめぐり、1740年から戦争が始まります。オーストリア継承戦争(第一次・第二次シュレージエン戦争)、そして七年戦争(第三次シュレージエン戦争)と長い戦争を経て、プロイセンへと帰属することになりました。しかし、その過程でシレジア・ボヘミアのガラス産業は荒廃し、その見事な技術は失われてしまいました。
こちらのグラスもシレジアや北ボヘミアの特徴的なデザイン、装飾のバロック・グラスです。非常に見事なグラヴィール装飾が施されています。丁寧で、力強く、深さもある美しい彫刻です。当時はまだ産業革命前ですので、機械的にも後世と比べてはるかに大変だったはずですが、後世では真似できない美しさがあります。
デザインは正面に注文主の貴族家の紋章が刻まれており、そのイニシャルも上に彫られています。その周りのロココの文様はシレジアの特徴的なデザインです。裏側は鉄砲を放っている男性、と獲物の鳥がデザインされています。鉄砲の先端からは煙が出ているなど描写に動きがあります。狩猟は貴族の趣味であり、これも恐らく注文主自身を描かせたのではないかと思います。シレジアのガラスは現存数もすくないこともあり、完全な1点ものです。
シレジアのグラスはボヘミアンガラスの美術館の展覧会などでは必ず出品される作品群です。
参考までにアメリカ、メトロポリタン美術館(MET)所蔵のシレジア作品群です。
https://www.metmuseum.org/art/collection/search#!?q=Silesia%20glass&perPage=20&offset=0&pageSize=0&sortBy=Relevance&sortOrder=asc&searchField=All
年代 | 1740年代頃 |
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刻印 | なし |
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状態 | おおむね良好(底はポリッシュされていますが形状を変えるほどでありません、また、口部分は本来は金彩があったと思われます) |
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サイズ | 高さ11cm |
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※状態についてはコンディション(商品状態)についてをご覧ください。
1740年代頃のシレジアのグラス。恐らくはシロンスクで製造されたお品。北ボヘミアでも同様の技術があり、北ボヘミアだとすればノヴィ・スヴィエットやハラフ(ハラホフ)の工房と思われます。一般向に製造されているものではないため、基本的には1点もので、美術品といってもよいグラスです。
注文主の紋章。紋章の有りと無しではその価値は全く異なります。紋章のクレスととヘルメットの間には王冠、イニシャルにも姓の前に「V」(von)の文字があり、貴族であることはわかりますが特定はできておりません。
狩猟をする姿。鉄砲からは煙が出ており、鳥は逃げようとするなど面白いデザインです。顔の彫り方などは当時の典型的な彫り方です。