西洋アンティーク 歴史と芸術のマリアージュ  | 銀座

アンティークにおけるティースプーンとコーヒースプーン〜現代との違い〜

アンティークにおけるティースプーンとコーヒースプーン〜現代との違い〜


スプーンはアンティークの銀器において定番の品であり、多くのデザイン、種類、大きさがあります。しかし、それらが何用として作られていたのか、意外と知られていない部分、誤解されている部分も多くあります。多くの人が「ティースプーン>コーヒースプーン>デミタススプーン」という並びでスプーンの大きさは作られていると考えられており、それが一般的となっています。確かに現代の食器ブランドでも前述のような形で売られている場合が多いです。しかし、現代の文化と昔の文化は当然異なる部分があります。そのため、現代の感覚で捉えようとするのはよくありません。当時の文化を考える必要があります。大きいティースプーンがアンティークの市場では意外と少ないのはなぜでしょうか。デミタススプーンはそもそもあったのでしょうか。当時の資料を基に考察してみます。


1900年前後の最有力銀器メーカーであるゴールドスミス&シルバースミス社1904年のカタログ(同社はイギリスの銀器ブランドで初めてパリ万博にて金賞を受賞)、そして有名なマッピン&ウェッブ社1896年のカタログ、フランスのクリストフル1895年のカタログを基に考察します。


英国ではコーヒースプーンなんて存在しなかった!?


現在紅茶やコーヒーの飲料スプーンといえば、ティースプーン、コーヒースプーン、デミタススプーンという3種類が定番として知られています。正式なティースプーンは他のスプーンとは全く別のものとして扱われていました。スプーンといったら何のために使うでしょうか。砂糖などをかき混ぜるためと多くの人が答えるかと思います。しかし、ティースプーンは異なります。紅茶はより高温で出されるため、最初は熱くてなかなか飲めません。そこでティースプーンの登場です。ティースプーンの目的はその熱い紅茶を少しづつティースプーンで冷ましつつすくって飲んでいたとされます。そのため少し大きめに作られています。では、コーヒースプーンはどうなのでしょうか。次の資料をご覧ください。


スプーンの用途


これはゴールドスミス&シルバースミス社のスプーンとフォークのサイズ別の値段を記したカタログです。さて、上からテーブル用、デザート用という順でみていくと、ティースプーンがありました。しかし、エッグ用やマスタード用はありますが、コーヒー用は見当たりません。シュガースプーンというものはあります。紅茶の場合は熱いのでスプーンですくって飲みますが、コーヒーなどの場合は砂糖などを混ぜるときにしか使わないので紅茶のすくって飲む以外のスプーンは一括してシュガースプーンと呼ばれていた可能性があります。少なくとも現代のようにティー用コーヒー用デミタス用という分け方ではないのは明らかです。


ティースプーンは全て大きいのか


コーヒーや紅茶など飲用のスプーンではティースプーンがコーヒースプーンより大きいとされています。ではアンティークの世界でもそうなのでしょうか。アンティークの流通をみていると、明らかにいわゆるティースプーンの大きさのスプーンが少ないのがわかります。紅茶文化なはずのイギリスでなぜ少ないのでしょうか。


スプーンサイズ1

これはゴールドスミス&シルバースミス社のカタログ別ページです。これは19世紀末から20世紀初頭に流行した「アフタヌーンティー」用スプーンが紹介されています。そこには親切なことに実物大のスプーンが掲載されています。手持ちのスプーンと比べてみます。


スプーンサイズ2

手持ちのスプーンはいわゆるコーヒー用といわれているアンティークでよく出回っているサイズのスプーンで、それと一緒でした。長さは11cm、ボウルの大きさも一緒で現代でいうコーヒースプーンとほぼ一緒な大きさです。つまり、このサイズのティースプーンもしっかりと存在していたといことになります。

当時「アフタヌーンティー」用ということで少し小さめのサイズが流行していました。現在ではバチェラーサイズといわれる少し小さめのティーポットを見たことがある人は多いかと思いますが、あれも実は「アフタヌーンティー」用のサイズとして売られていたものです(当時の「アフタヌーンティー」がどういう文化かはまた考察の必要性あり)。つまり、現在コーヒースプーンと思われがちなスプーンも当時は紅茶用として作られた可能性が高いと考えられます。


以下はマッピン&ウェッブ1896年のカタログの製品紹介ページです。


マッピン&ウェッブ スプーンの種類

このカタログにもやはりコーヒースプーンの名はありません。しかし「アフタヌーンティー」スプーンはあります。前項でもみてことを踏まえると、やはり当時の銀器に「コーヒースプーン」という概念はイギリスにはないのかもしれません。基本はティー用に作られており、それをコーヒーに兼ねて使用していたということも考えられます。実際に別のページではティーポットとコーヒーポットは分けて紹介してあり、ポットに関しては明らかにそれは区別されています。にもかかわらず、スプーンにコーヒー用がないということはやはり現代とは概念が異なると考えられます。

この「アフタヌーンティー」用というものは19世紀の末から20世紀初頭に流行したもので、それ以前のジョージアンなどはやはりコーヒースプーンというものは見られず、基本的にティー用となります。


もう1つ面白い資料を掲載します。19世紀のマッピン・ブラザーズのカタログです(シルバーププレートのカタログ)。

マッピンブラザーズ

。黄色く着色した部分に注目です。ティースプーンにはフルサイズ、ミドルサイズ、スモールサイズと3サイズ用意されていることがわかります(doはdittoの略で同上の意)。このカタログの正確な年代は不明ですが1860年代〜1880年代頃ではないかと思います。まだ「アフタヌーンティー」用カトラリーができる前と推察でき、3つに分かれているうちの小さいほうがのちに「アフタヌーンティー」用となった可能性もございます(推測です)。3つの大きさに分かれているというのも面白いのですが、注目すべきはやはりコーヒースプーンがないことです。


フランスにおけるスプーン


これまではイギリスのスプーン事情をみてきました。ではフランスではどうなのでしょうか。次の資料はクリストフルのカタログです。


クリストフルスプーンカタログ

クリストフルはフランスですので、フランス語で書かれています。スプーンはフランス語でcuiller です。注目すべきは「18」と書かれた行です。「cuillers a cafe ou the」とあります。ouは「または」という意味で、cafeはコーヒー、theが紅茶を意味します。つまり「コーヒーもしくは紅茶のスプーン」という意味になります。つまりコーヒー用と紅茶用に分けられてなどいなく、どっちでもよいということになります。ついでに長さは14cmと書かれています。大きいですね。

またその下を見ると「cuillers a moka」とあります。mokaはモカですが、この当時のモカがそのままモカ・コーヒーを指すのかどうかは考察の必要はありますが、おそらくはこれはのちのデミタス用につながると思われます。長さは10cmと短めです。

また、クリストルの違うページに以下の商品もあります。


”クリストフルスプーンカタログ2"

ここには「Petites Cuillers a la russe pour Cafe et The」とあります。これはロシアスタイルの紅茶とコーヒーの小さなスプーンという意味です。ここでもコーヒーと紅茶は特別分けられてはいません。そして長さが11cmであるということも注目です。これはイギリスのアフタヌーンティー用と一緒の長さになります。つまりフランスでも11cmほどの紅茶(兼コーヒー)のスプーンがあったということになります。

ただ、フランスとイギリスには違いがあります。イギリスは基本が「紅茶用」で、コーヒーにも兼ねて使用されていた(のではないか)ということ、一方でコーヒーが主流のフランスでは基本が「コーヒー用」で紅茶にも兼ねて使用されていたということです。つまり、そこには意識の差が存在するのではないでしょうか。


まとめ


一言でいえば、イギリスでもフランスでも大きさによってコーヒー用ティー用という分け方はされていなく、また11cmほどの長さでも紅茶用として使用されていました。つまりアンティークでスプーンを見たときにサイズだけで「紅茶用?コーヒー用?」と考えること自体が間違っているともいえます。

1910年代から1920年代になるとデミタスがイギリスで流行し始め、おそらく現代のように完全にティー用コーヒー用などとわかれたのはグローバル化が進み始めた20世紀半ばごろではないかと思われます。上記は一次史料を基にしてはしますが、史料としてはまだまだ不足で、いろいろと考える余地はあります。ただ、大切なのは現代の感覚で見るのではなく、当時の文化を考えるということではないでしょうか。


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